小説、ゲーム、eスポーツ、お化け屋敷…… 京王電鉄が独自のオープンイノベーションに注力する理由。

小説、スタンプラリー、ホラーハウス、eスポーツ……「KEIO OPEN INNOVATION PROGRAM」で採択された事業のラインナップを見ると、スタートアップ界隈ではあまり見たことのない言葉が並んでいる。京王電鉄はなぜ独自のオープンイノベーションに力を入れるのだろうか?
まだ誰もが見たことがない鉄道へ
2022年にスタートした「KEIO OPEN INNOVATION PROGRAM」(以下KOI)が掲げるテーマは、「誰もが知ってる鉄道を、まだ誰もが見たことがない鉄道へ 鉄道事業変革への挑戦」。実際、71件から採択され、実証実験まで進んだ7件の提案を見ると、「鉄道会社らしからぬ」チャレンジングなものが並んでいる。すでにFUTURE TALENT STUDIOで紹介した落とし物探しの技術を開発する株式会社find(記事へのリンク)や、位置情報連動型ゲームと連動したスタンプラリーを提案した株式会社モバイルファクトリーは、「鉄道会社らしい」提案といえるだろう。だが、「京王線沿線を題材にしたオリジナル小説を作る」、「お化け屋敷などを企画しホラーブランドを創出」、「沿線でのe-sportsイベントや体験施設の運営」など、一見、鉄道会社とはエンターテインメント系の提案もいくつも採択されている。このKOIを担当した京王電鉄株式会社 経営統括本部 長期戦略室の浅見和哉氏は、その意図をこう語る。
「KOI以前から新しい事業を進めようという機運はありました。それが『やらなければ』となったのは、コロナ禍が大きかったと思います。コロナ禍で人流が止まってしまったときに、鉄道会社がいかに人流に頼った、受動型のビジネスをやってきたかということがよくわかった。鉄道や百貨店、商業施設などハード面は充実しているんですが、ソフトコンテンツを持っていない。KOIで多くのスタートアップ企業を中心とした外部企業との共創に踏み出したのは、人流やアセットに依存した京王グループの事業ポートフォリオを変えたいという思いが強くありました」
聖地巡りや謎解きのような感覚で街を歩く
実証実験を経て、すでに効果が出ている協業もあるという。株式会社休日ハックが提案した「短編小説を通した新たな価値の提供」では、第171回直木賞にノミネートされた小説家・岩井圭也氏が京王線の駅を題材にしたオリジナル短編小説『いつも駅からだった』を執筆。無料で配布したところ、第1弾の「下北沢編」からスタートし、第5弾「聖蹟桜ヶ丘編」まで発表されるほど公表を博している。
「いつも何気なく通っている駅や街が舞台になることで、読者の方が京王線に親近感を持つようになっていると思います。聖地巡りや謎解きのような感覚で、舞台になった街を歩く方も増えているようです」
配布されたストーリーブックには、QRコードのクーポンもついていて、飲食店や商業施設で使うことができる。実証実験では無料配布のため直接的な売上はないものの、京王電鉄のイメージアップやファンの増加に貢献しているようだ。KOIで目につくのは、こういった長期的視野に立った事業展開だ。株式会社ユウクリと株式会社TechnoBlood eSportsの2社と協業するeSports事業も将来的な成長を見据えている。担当する京王電鉄株式会社 経営統括本部 デジタル戦略推進部 eスポーツ担当の田中遼氏に、トリエ京王調布内にある「KEIO eSPORTS LAB.CHOFU」で話をきいた。
「ユウクリさんはもともと笹塚にeスポーツの配信やイベントができるスタジオを持っていて、TechnoBlood eSportsさんはeスポーツのイベント企画や運営ができる会社。この2社と京王電鉄が協業することで、より大きなシナジーを生み出すのではないかと考えています。現在は、KEIO eSPORTS LABをこの調布と笹塚で展開。ここをベースにプログラミングの教育などをやりながら、eスポーツのイベントなどを開催していきたいと考えています」
鉄道会社とeスポーツ。一見、なんの関わりもなさそうに思えるが、近年、南海電鉄やJR東日本、東京メトロなどeスポーツに取り組む鉄道会社が増えている。
「先行して取り組んでいる会社さんにもヒアリングさせていただき、eスポーツには大きな可能性があるのではないかと考えるようになりました。eスポーツは、どんな人でも楽しめる多様性のあるコンテンツ。リアルなスポーツももちろんいろいろな方が楽しむことができますが、トップレベルのプレイヤーは限られた年齢の、限られた才能を持つ人。持って生まれた体格や男女の間でもどうしても差が出てしまいます。でもeスポーツの場合、年齢も性別も、あるいは障害のある方でもみんなが同じ土俵で戦うことができます。小学生がプロに勝つこともあるのがeスポーツの世界なんです。どんな人でも楽しめて、交流もできるコンテンツを応援していくというのは、京王電鉄のファンを増やすことに繋がるのではないかと考えています」
2025年にはJリーグレベルになる
かつて鉄道会社は、沿線に球場や劇場、遊園地などを作ることで、人流を増やし、沿線の活性化を図ってきた。だが、時代もビジネスもニーズも変わり、大規模なエンタメ系の施設を作るのは難しい時代だ。京王電鉄がエンタメ系ビジネスに注目しているのは、そういう背景もあるのだろう。田中氏は、eスポーツにビジネスとしての可能性を感じているそう。
「現状では収益構造的なことでいうと、課題は多くあります。現在のeスポーツのマーケットの多くは協賛金収入によって成り立っています。大規模な有料イベントもあるにはあるのですが、まだ市場として定着しているとは言い難い状況です。ですが、eスポーツのファンは、2025年にはJリーグレベルになるという推計もあり、市場が大きく拡大しているのは間違いありません。弊社で主催したオンラインイベントも同時接続が1万人を超えました。しかも国内だけでなく、海外からの視聴もあります。コロナ禍でオンラインのイベントばかりになってしまっていたんですが、徐々にオフラインのリアルなイベントも増えて、大規模会場で開催されるようになっています。沿線でのイベント誘致にも力を入れ、沿線をeスポーツで盛り上げる役割を担っていければと思っています」
自社の持つ価値に気づいた
長期戦略室の浅見氏は、KOIは沿線の人々の「街への期待」を上げただけでなく、京王電鉄という会社にもさまざまな“気づき”を与えてくれたと語る。
「自分たちの持つ“資産”の魅力を改めて発見したような気がします。駅や商業施設などの不動産が外部から見ると、大きな価値を持つこと。長年お付き合いしてきた自治体や商店街とのネットワークや信頼関係も同様です。京王電鉄の取り組みだというと、すごく協力的なんです。こういうことも協業がなければわからなかったことかもしれません。でもいちばん大きいのは、社員が「うちの会社でもこういうおもしろいことができるんだ」と思えるきっかけになったことかもしれません。そう思えたことで、これから社内からもいろいろなアイデアが出てくるのではないかと期待しています」
イノベーションが大きく広がるのは、エモーションと結びついたとき。楽しい、おもしろい、ワクワクする。そんな人々のエモーションに目をつけたKOIの取り組みは、スタートアップの裾野と可能性を大きく広げてくれたような気がする。
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