「スタートアップとの共創のためなら社内のルールも変える」 富士通アクセラレーターが語る覚悟と野望。

2024.07.10
#事業開発ニュース

大企業とスタートアップ企業が共創、協業をしていくとき、大きな障壁となるのが企業文化の違いだ。金や時間の使い方、リスクに対する考え方、責任の取り方など、規模も成り立ちも異なる2社間のギャップは容易には埋められない。これまで多くのスタートアップ企業と共創を成し遂げてきた富士通は、そのギャップをどのように乗り越えてきたのか。そこには“窓口役”である富士通アクセラレーターの面々の長年にわたる地道な努力があった――。

目指すのはWin-Winの相互発展

彼らの名刺には「富士通アクセラレーター」という肩書があった。これは社内の役職ではない。ときに名称が変わってしまう部署名では、立ち位置がわかりづらいということで会社公認の活動名称を記載するようになったという。2015年のスタート以来、約230件の協業を検討し、約120件の協業を成立させてきたこのチームの中心メンバー、松尾圭祐氏は自らの仕事をこう説明する。

「一般的なアクセラレーターとは仕事の内容が異なると思います。私たちはあくまでも富士通の事業を大きくしていくためのビジネスマッチングを行います。もちろん富士通のためだけでなく、協業先の企業もスケールアップすることもしっかり考える。私たちのチームには出資の機能はありませんが、社内の出資を担当する部署を通して出資を行うこともあります。目指すのはWin-Winの相互発展です」

松尾氏が富士通アクセラレーターとしていちばん大事にしているのは、「アイデアを早くカタチにすること」だという。

「大企業の都合を振り回していたら、スタートアップ企業の成長のスピードが上がらない。共創ってお見合いみたいなものだと思うんです。一方の意見だけが通るような状態では幸せな結婚にならない。ともに成長するいい関係を築いていくためには、富士通社内にスタートアップ企業に対するリスペクトを醸成していく必要がありました。最近でこそほとんどいなくなりましたが、アクセラレーターの活動を始めた初期のころは、スタートアップ企業との関係を“下請け”だと考える人たちも一部にいました。だから私たちは、スタートアップ企業との付き合い方についてのエチケット資料を作って、注意ポイントを伝える情報発信を続けました。最初はその考え方を理解している人たちをスクリーニングしていましたし、ミーティングで上から目線の物言いをした社員にはあとで個別に注意したこともあります。あくまでも私たちは平等なビジネスパートナーであるという啓蒙活動を社内で続けてきたんです」

与信の社内ルールを変更

スタートアップ企業とのギャップを解消するために、ひとつずつ課題をあぶり出し、トラブル回避のノウハウを積み重ねていった。ときには富士通社内のルールを変えることもあったという。

「たとえば、口座を開設する際、以前は与信のために信用調査会社のデータや過去数年間の売上データが必要でした。でもスタートアップ企業に対してそんなこと言ったらほぼ全滅ですよ(笑)。そこはスタートアップ企業用のルールを作ってもらいました。そういうときは経営陣に『こんなことやっていたらスタートアップ企業に相手にされませんよ』と言って、意識を変えてもらう。私たちは選ぶ立場ではなく、選んでもらう立場。そうやってひとつずつ見直しを続けて、共創の下地を作ってきたんです」

たくさん実現してきた共創のなかで苦々しい思いをしたこともある。

「失敗したな、うまくいかなかったなということももちろんあります。たとえば、自分が事業企画を持ち込んだAI翻訳サービスの開発では、社内の別部署で同じような取り組みをしていたり、担当部署のトップが人事で異動したりして、そのたびに社内調整が必要になりました。結局、お見合いの段階から2年以上かかってしまい、共創相手からも『ぜんぜんアクセラレーションしてない』と怒られました。ただこのサービスは、現在全従業員12万人が利用しており、私自身の『言葉の壁を取り払いたい』という思いを達成することができた。失敗と成功の両方が詰まっている事例になります」

“新たな産業”のペースメーカー

富士通アクセラレーターは、自分たちが関わってきたスタートアップ企業をライブラリー化。アップデートのたびに社内SNSで発信し、会社全体で情報を共有できるようにしているという。

「スタートアップ企業をカタログ化して、いろいろな情報を見られるようにしています。たとえば富士通の営業がここを見て『まだ商品化されていないけど、あのお客さんには刺さるんじゃないか』というようなカタチで商談できたりする。時代の移り変わりが激しい時代ですから、富士通がすでに売り物として用意したものを提案するだけでは、お客様の課題や社会のニーズに追いつかないんです。だからこそ時代を先取りしているスタートアップの力が必要。彼らとともに新しい市場、新しいビジネスを作っていかなければならないんです」

日本のテクノロジー産業がグローバル市場で存在感を失ったといわれて久しい。松尾氏は、「だからこそ新しい産業を作らなければならない」と語る。

「日本は新しい技術を作ってきたけど、産業を作ることができなかった。Googleは “検索✕広告”という新しい産業を作った。私は人工知能や再生エネルギー、医療、宇宙関連といったいわゆるディープテックと呼ばれる分野が新産業の舞台になりうると思っています。でもそれを成し遂げるには、これまでのような大企業とスタートアップ企業の1対1の共創では難しい。複数の大手企業とスタートアップが企業連合を作り、それぞれの知見や技術を持ち寄ることで、新しい産業が生まれるのではないかと。1対Nの共創による新産業開発のスキームを作り、新たな産業を生み出す。そのときに富士通アクセラレーターが旗を持って先頭を走るペースメーカーのような役割を果たしたい。それがこれからのいちばんのチャレンジだと思っています」

大企業のルールを変え、壁を壊してきた。そんな富士通アクセラレーターなら、企業間の壁も壊せるのかもしれない。

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