“実装力”を武器に、未来をつくる。 清水建設「NOVARE」が挑む、イノベーションの現在地

2026.01.08
#事業開発ニュース

清水建設のイノベーション施設「NOVARE」を歩くと、建設会社のイメージは一変する。ハイセンスなサステビリティ家具でデザインされた空間に、さまざまな人が集う。AI、ロボティクス、CO2吸収装置…、国内外のスタートアップがひしめく“イノベーションの実験場”だ。

面白いのは単なる実験施設ではないことだ。「NOVARE」は、清水建設が掲げる「人々が豊かさと幸福を実感できる持続可能な未来社会」というパーパスを、事業として具現化するための中枢である。

本稿では、NOVAREの主な活動であるオープンイノベーションやコーポレートベンチャーキャピタル、社内新規事業、社内ベンチャーを紐解きながら、“清水建設のイノベーション文化”と“大企業が本気でイノベーションを推進するとはどういうことか”に迫っていく。

左:岩城和幸さん(NOVAREプロモーションユニット コンダクター)

中:伊藤靖晃さん(NOVAREイノベーションセンタ― ビジネスデザイングループ グループコンダクター)

右:中島由美さん(NOVAREベンチャービジネスユニット ビジネスクリエーショングループ ビジネスプロデューサー)

■ NOVAREのオープンイノベーションプログラム「SHIMZ NEXT」

短期アクセラから“通年・事業共創”へ──NOVAREが選んだ次のステージ

オープンイノベーションを推進する「SHIMZ NEXT」は立ち上げ当初、短期促進型のアクセラレーションプログラムとして始まった。

全社的にもイノベーション創出を推進していく素地が整った現在、SHIMZ NEXTは「常時走り続ける事業共創プログラム」へと転換し、新たなスタートを切った。

「スタートアップとのマッチング」「共創プロジェクト立上げ」「プロジェクト期間の長短」等に柔軟に対応し、成果に結びつけていくためのプログラムアップデートだ。

現在のSHIMZ NEXTは、スタートアップとの協業・スタートアップへの出資・海外連携の三本柱で進んでいる。
また、連携先はスタートアップに限定されない。パートナー企業、アクセラレーター、ベンチャーキャピタル、省庁、自治体、大学・研究機関など、清水建設と“未来社会の課題解決に一緒に取り組んでくださる多様なプレイヤー”を巻き込み、新しい価値とビジネスを生み出す構造になっている。

テーマは大きく4つ——建設、シティプランニング、環境、エネルギー。
だが同社はこれを新規事業だけの領域とは捉えていない。既存事業を深化させ、再構築するプロジェクトも多く、「既存事業の深化」と「新規事業の創出」を両軸で進めている点が特長だ。

現場や利用者の心が動くか?プロジェクト推進のキー

SHIMZ NEXTの中で成果が出始めている事例がある。メッシュWi-Fi技術を持つ「PicoCELA(ピコセラ)」や、生成AIソリューションを提供する東大発スタートアップの「Lightblue」だ。PicoCELAは出資後IPOを果たし、Lightblueは出資、共同開発ソリューションの外販、AIアシスタントサービスの清水建設内全社導入(5000名以上利用)に至っている。これらのプロジェクトが進んだ最大の要因は、技術の優位性もさることながら、「現場・事業部門・DX推進部門等の課題・ニーズ」にクリティカルにヒットした点にある。

「PicoCELA社の技術は、高層建物やトンネルなど電波が届きにくい建設現場において、高速かつ安定したWi-Fiのネットワーク環境を構築できるものです。これは現場の所長やエンジニアにとって、喉から手が出るほど欲しいソリューションです。逆に言えば、どんなに優れた技術でも、現場の人たちが『自分たちの利益になる』『仕事が楽になる』と直感できなければ、実装までは進みにくい傾向にあります」(中島氏)

スタートアップ側から見れば、大企業のアセットを使うことは魅力だが、現場・事業部門等にとって「新しいこと」は往々にして「面倒なこと」でもある。だからこそ、オープンイノベーションプログラムの運営チームはスタートアップと現場・事業部門等の間に立ち、プロジェクトマネージャーとして汗をかく。「現場が目の色を変えるか」「事業部門が本気になるか」。その見極めこそが、PoCの壁を超える鍵となる。

●PicoCELA株式会社──世界最高レベルの無線メッシュ技術により建設現場の通信インフラを革新
PicoCELAは、電波が届きづらい建設現場でも高速かつ安定したWi-Fiネットワークを構築する技術を提供。実際の建設現場に導入が進んでおり、清水建設は出資企業として協働。IPOも果たした。

●株式会社Lightblue──AI活用で業務効率化と建設現場の安全性向上に貢献
Lightblueは、清水建設・日本道路グループのエヌディーリース・システムと重機用AI監視カメラシステム「カワセミ」を共同開発。清水建設からの出資を受け協働を強化。AIアシスタントの全社導入も推進。建設現場の安全性向上と業務効率化に貢献。

ビジネスモデルの解像度が未来を決める──スタートアップ連携の落とし穴と改善策

「清水建設にとっての成果の定義は大きく分けて三つあります。一つは、事業開発としての成功です。これには現場実装によるコスト削減、顧客への導入による売上増、そして全く新しい収益源の創出が含まれます。もう一つは、企業の持続的成長に貢献することです。事業化等の結果が出る出ないに限らず、一連の活動を通して得られる知見・ノウハウ・新たな視点は大きな財産です。そして、付加的に投資先がIPOやM&Aによりエグジットし、キャピタルゲインを得ることがあります。」(中島氏)

PicoCELAのようにIPOを実現し、かつ現場でも活用されている事例は「理想形」だ。しかし、すべての案件がそうなるわけではない。担当者は「課題」についても率直に語ってくれた。

「自身の力が及ばず、大変申し訳ないながらも途中クローズになってしまう共創プロジェクトがあります。それらに共通する課題としては、ビジネスモデルの解像度が低いままスタートしてしまうことです。『技術は面白い』『何かできそう』で始まっても、最終的にどのように収益をあげるのか、誰が事業主体として責任を持ち運営するのかが曖昧だと、実証・PoCの先にいけず、プロジェクトが止まってしまう傾向にあります。不確実要素があるプロジェクトであっても、ある程度リスクを背負い挑戦できるよう、予算措置とPoC実施の実働部分を運営チームで担当する等イノベーションを生み出すための仕組みを整えていますが、一筋縄ではいかないと実感しています」(中島氏)

特にアーリーステージのスタートアップとの連携では、この課題が顕著になる。技術が未確立な段階では、事業部門等の協力を得にくい。かといって、完成されたプロダクトしか受け入れなければイノベーションは起きない。

「現在は、プロジェクトの初期段階でできるだけビジネスモデルの解像度をあげられるようトライしています。また、技術が未成熟な場合は、無理に事業部門等との協働につなぐのではなく、出資をして成長を見守るフェーズを設けるなど、相手のステージに合わせた関わり方を模索しています」(中島氏)

NOVAREの社内新規事業制度「Zテーマ」と社内ベンチャー制度「CV制度」

 

SHIMZ NEXTが外との共創だとすれば、社内のイノベーションエンジンとなるのが「Zテーマ(社内新規事業制度)」と「CV制度(社内ベンチャー制度)」だ。

「Zテーマ」は、既存事業の延長線上で、生産性向上や新たな収益源確保を目指すもの。現在30〜40プロジェクトが走っており、R&D(技術研究所)とは異なり、既存技術を組み合わせてスピーディーに「深さ×広さ×頻度」のある市場インパクトを狙う。

もう一つの「CV制度」は、建設業の枠を超えた社会課題解決を目指し、最終的にはスピンオフ(事業の分離)を前提としている。第1期、第2期からは既に4社が起業を果たしているが、第3期からは制度設計が劇的に変わった。

清水の舞台から飛び降りる覚悟──外部資本で鍛える『本物の起業』の現場

「第3期からは、起業する前に『外部からの資金調達』を必須条件にして、外部のVCなどから資本を入れてもらうことにしました。これは非常にハードルが高いですが、経営層も含めた合理的な判断です」(伊藤氏)

その理由は明確だ。 第一に「リスクとリターンの最適化」。清水建設単独ではリスクが高すぎて踏み込めない領域(ハイリスク・ハイリターンな社会課題解決)にも、外部資本を入れることで挑戦が可能になる。 第二に「市場価値の証明」。社内政治や忖度が通用しない外部の投資家から「金を出す価値がある」と認められて初めて、その事業は本物になる。

「正直、社内公募で手を挙げる社員にとって、2年間給料が保証されたまま、外部資本を入れて独立するというのは、チャンスでもありますが、同時に相当なプレッシャーがかかります。でも、『清水の舞台から飛び降りる』覚悟でやるなら、最初から荒波に揉まれるべきだし、それができる舞台(制度)を用意するのが会社の役割だと考えています」(伊藤氏)

現在、CV制度発のベンチャーは、清水建設との関係を持ちつつも、経営の自律性を保っている。親会社の下請けではなく、対等なパートナーとして、時には清水建設のリソース(現場やネットワーク)を「利用」しながら成長していく。この「出島」戦略こそが、大企業病を回避する処方箋なのだ。

■ 社内文化を形づくる「NOVARE」という装置

制度や仕組みを変えても、人の意識が変わらなければイノベーションは定着しない。また建設業には「着工したら竣工までやり切る」という強固な文化がある。これは本業では美徳だが、新規事業における撤退判断や方向転換においては足枷となったりもする。そこで重要なのが「人財育成」と「文化醸成」だ。

関係人口を増やせ──社内イノベーションの土壌づくり 

NOVAREでは、「NOVARE Boot Camp」と名付けられた研修プログラムや、講演会、スキルアップの整備、ワークショップ、ピッチイベントなどを開催している。こうした地道な活動が、社内イノベーション推進の「人財育成」と「文化醸成」を形づくり、イノベーションに関わる社内人口を増やしていく。

特に社員を巻き込めるのが、全社から課題アイデアを募るイベント。昨年度は217件の応募があった。

「応募された217件のアイデア全てにフィードバックを返しました。たった5行の思いつきのような投稿でも、そこにある熱意や課題感を拾い上げ、全社的なテーマに昇華させた事例もあります。大切なのは『関係人口』を増やすこと。『イノベーションなんて自分には関係ない』と思っている社員を一人でも減らし、NOVAREに来れば何か面白いことができる、と思ってもらうことが重要です」(岩城氏)

NOVAREのオフィスでは、副社長が社員の隣に座り、フラットに議論を交わす。こうした環境設定は、単なる「おしゃれ」ではない。上位下達が当たり前の組織において、心理的安全性を担保し、ボトムアップの提案を引き出すための戦略的な演出なのだ。

イノベーションは「泥臭さ」の中に宿る

きらびやかな施設のガラス越しに見えるのは、スマートな未来だけではない。そこには、社内調整に奔走し、失敗に唇を噛み、それでも「新しい景色」を作ろうともがく社員たちの姿があった。

清水建設の事例が示唆するのは、大企業のイノベーションに必要なのは、流行りのフレームワークでも豊富な資金だけでもないということだ。必要なのは、「技術を市場価値に翻訳する執念」と、「社員を安全地帯から連れ出す勇気」、そしてそれらを支える「事務局の泥臭い伴走」である。

「清水の舞台」を自ら作る彼らの挑戦は、まだ始まったばかりだ。しかしそのプロセスは、変革を志すすべての日本企業にとって、確かな道標となるだろう。

新着記事