「飲む」から「食べる」へ。大組織から解き放った新食文化「モカブル」のカーブアウト戦略
コーヒーの常識を覆す、カーブアウトの挑戦
「コーヒーを食べる」。この一言に、モカブルという新ブランドのすべてが詰まっている。
2025年10月、飲料メーカーの社内ベンチャー制度からカーブアウトして誕生した株式会社モカブル。手がけるのは、コーヒー豆の豆粕廃棄をなくし、豆をまるごとチョコレートのように楽しむ「コーヒーを食べる」というまったく新しい食体験だ。
立ち上げたのは、長年飲料ブランドの商品・技術開発に携わってきた糸山彰徳氏。単なる“もったいない精神”の延長ではなく、「“飲む”コーヒーを超えるおいしさ」と「新しい嗜好体験」を両立させることを目指している。
いかにしてこの異端のアイデアが芽吹き、独立に至ったのか。
その軌跡は、大企業発イノベーションのリアルを物語っている。
組織の枠を越えて育った、知と情熱

モカブル代表の糸山氏は、2012年に現在の出身元である大手飲料メーカーに入社した。キャリアの初期から、缶コーヒーなどの開発部門で、品質管理や味づくりの現場に携わってきた。
大量生産を支える技術と素材への深い理解、そして事業戦略を描く企画力。これらの経験がモカブルの基盤となったという。さらに国内外での新商品開発を通じて、コーヒーを「飲む」という行為にとらわれない発想を培う。
アイデアの原点「もったいない」という技術発想
「コーヒーを食べる」というアイデアの種は、2013年頃に生まれた。主力商品の開発でコーヒー農園に足を運んだことがきっかけだった。
「コーヒー農家の手で大切に育てられている豆の多くが、抽出後に豆粕として捨てられるのを感じ、なんとか活用できないかという、どちらかというと技術発想、もったいない系の発想がスタートだった」(糸山氏)
当初は、サステナビリティが今ほど浸透していない時代だ。純粋に「コーヒー豆をまるごと活かす技術を開発できないか」という技術者としての探求心から、このテーマに取り組み始めた。 この長期間にわたる挑戦を支え続けたのは、「コーヒーが好き」「食べること、飲むことが好き」という糸山氏自身のシンプルな情熱だった。
社内発の挑戦が独立へと進化
社内には、社員が自由にアイデアを提案できるベンチャー制度があり、モカブルはその制度を活用して事業化を進めた。厳格な選抜プロセスの中で、糸山氏が評価されたのは「既に顧客が存在する」という事実。アイデア段階ではなく、すでに“おいしい”という共感を得ていた。
しかし、事業化の壁は高かった。
「飲料メーカーが、“チョコレートのような菓子商品”をつくる」という業界構造的なギャップ。扱う温度、サプライチェーン、販売体制、すべてが異なる領域だった。
さらに、最大の課題がスピード。
「我々の事業でいうと、どうしても一番大事になってくるのがスピードだと思った。大きな組織はどうしても意思決定に時間を要する」(糸山氏)
モカブルのような新しい食文化の創造には、パッケージも味も、提供フォーマットも、早くPDCAサイクルを回す必要があった。 「だったら、まずは我々もスタートアップとして、初期のPDCAサイクルを回そうと。その検証は、やはりスタートアップ、独立しないといけない」とカーブアウト(事業切り離し)という形を選んだ。 この決断は、リソースの制約から逃れるだけでなく、市場での検証スピードを最大化するための、戦略的な選択だった。
この決断を支えたのは、組織内外の多くの仲間たち。人事、財務、法務、外部アドバイザーなどが連携し、独立を後押しした。短期的な利益よりも、挑戦者を育てるという長期的視点があったからこそ、この離陸は成立した。
「サステナブル」より「おいしい」が先にある

モカブルが市場で注目される最大の理由は、単に「エシカル」なだけではなく「おいしさ」を起点に設計されている点だ。糸山氏は多くのサステナブル製品が抱えるジレンマをこう語る。
「顧客に“おいしい”という感動を与えなければ、リピートは生まれない。まずは、サステナブル製品自体が市場の中で持続的に支持される必要がある」
モカブルは「飲む」から「食べる」へと発想を転換し、香りと味わいを立体的に感じられる体験をつくり出した。結果として、「エシカルフード」の枠を超え、新しい嗜好品としての価値を確立しつつある。サステナビリティは、あくまで“おいしさ”という大前提の上に成り立つ。その順番を間違えなかったことが、モカブル最大の強みだ。
共創が拡げる、新しい食文化
現在、モカブルは百貨店やホテル、カフェなどで販売を展開しており、北米市場へも進出中だ。高級酒やスイーツブランドとのペアリング提案も進んでいる。さらに、10年にわたる技術の研磨により、食感・香り・口どけといった官能要素を徹底的に設計した。飲み物と合わせても、口の中でふわりと溶け、香りが立ち上がる。この職人的完成度が、モカブルを単なるエシカルスイーツではなく「新しい美味」の領域に押し上げている。
モカブルの最終目標は、食文化の創造だ。
トップパティシエとのコラボでブランド価値を磨きつつ、将来的にはマス層にも届くプロダクトを構想している。
さらに、農家との共創も進める。より「食べる」ことに適したコーヒー豆を農家と探索・開発し、美味づくりのための開発からサプライチェーン全体を革新していく構想だ。
モカブルは、他社を競合ではなくパートナーと見なす。製菓メーカーや他のコーヒー企業とも協力し、「コーヒーを食べる」という市場を広げていく。その思想は、業界全体を変えるイノベーションの原動力となる。
「飲む」から「食べる」へ。大組織から解き放った新たな食の地平。
モカブルの挑戦は、「挑戦を許す組織文化」から生まれた。
だが、そこに留まらない。
既存の文脈を越え、「飲む」から「食べる」へと発想を飛躍させたことで、新たな食の地平を切り開いた。
大企業の中で生まれ、独立してもなお挑戦を続ける。その姿は、これからの企業イノベーションの在り方を象徴している。
彼らがコーヒー業界にもたらす変革に注目だ。
株式会社モカブル 代表取締役 糸山彰徳
プロフィール
九州大学大学院システム生命科学府卒。同大学院にて分子生物学を専攻し博士号を取得。サントリーホールディングス株式会社に入社し、飲料の商品開発やR&D戦略企画、新規事業開発を経験。同社の社内ベンチャー制度にて前身ブランドである「カフェレート-コーヒーを食べる-」事業の企画を立案し、2025年に株式会社モカブルを立ち上げ。
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