“自分らしく働ける仕組み”はどう作る?美容業界に学ぶ事業創造のリアル

開業は、美容師にとって夢であると同時に、大きなリスクでもある。だがその構造的なハードルを、仕組みの力で乗り越えようとするスタートアップがある。サロウィンは、美容師が自らのサロンを持ち、柔軟に働きながら成長していける環境をつくり出すことで、美容業界の働き方そのものをアップデートしている。ビジネスモデルを組み替えることで業界の常識を変える——その挑戦には、新規事業や社会課題解決のヒントが詰まっている。
美容師の開業ハードルを下げた“独立インフラ”
美容師にとって、自分の店を持つことは一つの目標だ。ただ、その目標の前には「開業資金」という高いハードルが立ちはだかる。物件取得費や内装費など、数千万円単位の初期投資が必要となり、多くの美容師にとって独立は夢でありながら、簡単に踏み出せる道ではない。
そんな業界構造に対し、「なぜ一番リスクの大きい“箱を持つこと”を美容師が個人で担う必要があるのか」と問いを立てたのが、スタートアップ・サロウィンの代表、阿部友哉氏だ。複数の出店経験を通じて得た知見から、「もっと気軽に独立できる仕組み」を模索し、たどり着いたのが、独立したい美容師に“場所だけを貸す”というシェアサロンモデルだった。
このモデルでは、美容師がサロウィンから店舗内の席を借り、フリーランスとして自由に働く。雇用契約はなく、集客は美容師自身が行い、カラー剤などの材料も自分で仕入れる。サロウィンは月額利用料と売上の約1~2割を受け取るが、残ったお金はすべて美容師の手元に残るため、一般的な店舗で働くよりも高い収益が得られる仕組みだ。
「サロウィンは人件費も、在庫も、教育コストも、広告費も持たない。美容師に利益が還元される仕組みを徹底的に磨きました」と阿部氏は語る。無駄をそぎ落とした運営モデルによって、美容師が“自分の城”を持つような感覚で働ける土台が整っている。
美容業界の課題に向き合うことで生まれたビジネス
この仕組みは、開業を目指す若手だけでなく、現場を離れていた美容師たちにも新たな選択肢をもたらしている。
ホットペッパービューティーアカデミーの2024年の調査によると、日本の美容師免許保有者は約142万人。そのうち現在美容師として働いていない“休眠美容師”は約84万人にのぼり、現役の人数を上回るという。離職の背景には、結婚や出産といったライフイベントのほか、長時間労働や休日の少なさ、低賃金といった業界特有の課題がある。
そんななか、サロウィンが展開するシェアサロンでは、1日数時間だけ、平日だけといった柔軟な働き方が可能になる。雇用されるのではなく、働く場所を自ら選び、自分のペースで顧客と向き合える環境が整っているのだ。
阿部氏のもとには、ある美容師の家族から「娘を救ってくれてありがとう」という手紙が届いたことがある。体調を崩すほどの過酷な職場で心身をすり減らしていたその女性が、サロウィンの仕組みによって収入が3〜4倍に増え、もう一度笑顔で働けるようになった。その変化を目の当たりにした家族が、感謝の思いを綴ったものだ。
働く人のキャリアパスから合わせてビジネス展開を考える
表には出ないインフラとして、美容師の可能性を静かに広げている。数あるシェアサロンの中でもサロウィンが成長を遂げている理由の一つが、美容師のキャリアパスに着目している点だ。
自己資金ゼロでスタートできるシェアサロン「SALOWIN」から始まり、2席ほどの小規模な店舗を持つ「me by,,(ミーバイ)」、さらに店舗そのものをシェアする「ALL SHARE」へと、段階的に事業をスケールしていく道が用意されている。
現在、「me by,,」の契約者のおよそ半数はシェアサロン出身者であり、「ALL SHARE」を活用して自身の店を開業し、多店舗展開を実現した企業も40社近くにのぼるという。なかには、1人で始めた美容師が、全国に8店舗を同時オープンさせた事例もある。また、サロウィンの支援を受けたある美容室は、5億円だった売上を3年で30億円規模にまで成長させた。
こうした成功の背景には、物件手配や工事管理、採用支援といった開業に伴う煩雑な業務を、サロウィンが一括して代行している点がある。「仕組みさえ整えば、美容師は一気にスケールできる」と阿部氏は語る。
「当社の支援で十数店舗を展開した方もいます。でもその店舗に“サロウィン”の名前が出ることはありません。私たちは、あくまで美容師の挑戦を支える“裏方”の存在なのです」
イノベーションが人々に新しい選択肢を届ける
サロウィンの仕組みは、東京の売れっ子美容師だけのものではない。地方で活動する美容師が、シェアサロンからキャリアをスタートさせ、「me by,,」や「ALL SHARE」へとステップアップする例も増えている。
「美容室は目的地として行く場所。通りがかりで入るものではないので、立地はそこまで重要ではない」と阿部氏は語る。だからこそ、都市・地方を問わず、集客力さえあれば、柔軟な独立が成り立つ。実際、地元で“自分のサロン”を持つ夢を叶えたUターン美容師も多い。すでに全国に2200店舗を展開するサロウィンには、北海道から沖縄まで幅広い地域で、独立を後押しする仕組みが整っている。
さらに近年では、アイラッシュ、ネイルなど別領域のサロンにも広がりを見せている。「誰かの努力が報われる社会を作りたい」という阿部氏の言葉どおり、“自分らしく働ける選択肢”を制度と仕組みで後押しする姿勢は、美容業界にとどまらないインパクトを持ち始めている。
自分のスキルを活かして働きたい。でも、従来の働き方では続けられない。そんな人は、美容業界に限らずあらゆる職種にいるはずだ。スキルがあるのに埋もれてしまっている人、現場を離れたあとに元の場所に戻る仕組みがない人——。そこには、社会課題としての“構造的な働きにくさ”が横たわっている。
だからこそ、そこには大きな可能性がある。制度や仕組みを少し変えるだけで、埋もれた才能に光を当て、人生の選択肢を増やすことができる。サロウィンの事例は、「働くとは何か」を再定義しながら、誰かの挑戦を後押しするビジネスが、社会課題の解決に直結しうることを示唆しているのである。
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