課題があるから、チャンスがある。地域発・新産業創出の最前線

2025.06.20
#事業開発ニュース

近年、地域社会における課題解決の手段として、自治体がスタートアップとの連携を本格化する動きが加速している。2025年5月16日、福井県坂井市は、市内の優れた技術力を持つ地元企業と革新的なアイデアや技術を持つ首都圏のスタートアップ企業をコラボレーションさせることで、新産業を生み出す「新産業共創事業」を本年度から本腰を入れてスタートさせると、正式発表した。

一方で、こうした構想が現場で着実に成果を生むためには、理想と現実のあいだにあるギャップの解消が欠かせない。例えば、構造的に生じるスタートアップ側が直面する「継続的な関与の難しさ」や、自治体側の「共創スキル・体制の未整備」といった障壁は、関係性の一過性や成果の曖昧さを生む要因となりがちだ。これらの課題に対しては、伴走支援や中長期的な関係構築を支える仕組みの整備が急務である。

スタートアップが地域を単なるテストマーケットではなく、事業のコアを築けるフィールドと捉えられるような魅力的な支援体制を構築する上で持つべき観点は何か。今回の坂井市の取り組み内容から地方自治体としてのイノベーションを起こすためのポイントを紐解いていきたい。

-地方自治体の現状と課題

地方が抱える課題は各地域の周辺環境や地政学的観点など、個別の文脈を踏まえて捉える必要があり、一律に語ることは難しい。多くの地方自治体で共通している外部環境として、人口減少の進展、特に地方部においては生産年齢人口の減少が進んでいる。

坂井市を例に挙げると、2010年~2015年の5年間の15~29歳の市外流出は2,511人だが、2016年~2020年の5年間には、3,365人(約35%増)にまで増加している。

このような外部環境は、持続可能なまちづくりや産業振興施策を進める上での難所を生み、こういった状況下では財政状況も当然厳しく、行政としても現状を打破するような野心的、かつ、ドラスティックな施策実行・予算執行は憚られ、何とか現状維持をしなければならない、とコンサバティブな姿勢を取らざるを得ない。

その結果、外部環境の煽りに抗えない、という負の連鎖をどのように克服していくのだろうか。

-負の連鎖を克服するための打ち手について福井県坂井市の事業主体パートナーであるReGACY Innovation Group株式会社の取締役兼執行役員の桶谷建央さんはこう語る。

「課題は“非金銭的インセンティブの確立”だと考えます。各自治体において、移住・定住施策は力を入れており、一定の成果が出ている自治体もあります。他方、日本全体の人口減少トレンド、ならびに、中堅以上の自治体と比較した際の中小自治体の競争力を踏まえると、既存の移住・定住施策だけでは頭打ちです。一方、この点はどの自治体でも当然気付いていて、少しでもそのスピードを遅延させるために活用している印象です。

この補完的な打ち手として、スタートアップや創業支援に関する施策も良く見られるようになりました。地域内での創業支援やスタートアップとの協業施策などが挙がりますが、そもそもスタートアップ、VCなどの関連プレーヤーは大都市圏でエコシステムを形成していることからも、地方が創業地やメインの事業展開先として選ばれるケースは多くありません。スタートアップの誘致施策に関しても、事業内容やステージを適切に見極めないことには、補助金の交付期間だけのお付き合い、つまり、お金の切れ目が縁の切れ目になってしまうケースも散見されます。このような状況を打破するには、敢えてその地域で事業に取り組むインセンティブ、いうならば非金銭的インセンティブを確立することが欠かせません。」

-さらにReGACY Innovation Groupが坂井市と実施する取り組みについても具体的に語っていただいた。

「今回、坂井市で始める事業では、産業クラスターの形成を一つのマイルストンとして、将来的に良質な雇用を創出することを目的としております。具体的には、超初期のディープテック・スタートアップを誘致し、活動拠点の提供や次ラウンドに向けたハンズインでの伴走支援を行うことで、市内への定着・集積を行います。それらを起点として、地域内企業とのオープンイノベーションや市内での起業・新規事業創出も目指します。」

「この事業の特徴は大きく3つあります。1つ目は、スタートアップの非金銭的インセンティブ、つまり、事業戦略上の意味づけを行うことです。スタートアップの誘致施策として、実証費の補助など金銭的インセンティブを設けた施策は多く存在しますが、そのやり方を継続的、かつ、大規模に実施可能な自治体は一定以上の予算規模を持つ自治体に限られます。私がよく比喩するのは、童話「北風と太陽」でいう“北風アプローチ”です。童話の顛末の通りで、一方的なインセンティブは短期的な効果しか起き得ません。そこで、我々は真逆の“太陽アプローチ”を採用しております。具体的には、事業戦略上、対象地域でのBizDevが合理的となるように、協業先の探索~実証仲介や事業戦略の策定やファイナンスの支援、また、無料で使える仕事環境の提供を行います。これらを通じて、スタートアップの側が自然とその地域における事業展開を企図してくれるような状態を目指します。弊社としては各地域にスタートアップの活動拠点となるイノベーション拠点を開設、および、その拠点に紐づける格好で商工会や青年会議所などの地域団体とのネットワーキングを行うことで、スタートアップに対する上述した価値提供を実現させております。」

「2つ目は、適切な事業フェーズ、および、事業内容のスタートアップを呼び込むことです。これは、よく植林で例えております。森をゼロからつくる際に、種から育てるようでは初期的なモメンタム形成やプロジェクトスピードの担保は不可能です。逆に、大きく育った大木を植樹することはコスト的に困難です。進め方のセオリーとして、既に一定成長した苗木を植林しつつ、同時並行で種も育てることは想像に難しくないと思います。本事業のマイルストンとなるスタートアップによるクラスター形成においても同様だと考えます。たとえ話における苗木がシード~シリーズA以降などのディープテック・スタートアップであり、今回の誘致・定着施策のメインターゲットとなります。これらスタートアップは、事業のコアを形成し始めているものの、実証先や初期顧客を探索中であり、また、特定のエリアに開発拠点なども設けていないケースが多いです。このタイミングであるからこそ、1つ目の事業戦略上の意味づけを行うことも可能となります。また、スタートアップの事業内容も大切となります。デジタル技術やアプリ開発を中心としたライトテック・スタートアップでは、首都圏以外の地域で事業を展開する必要性が薄れます。一方、装置や機械、一定規模以上の研究施設など事業スケールにおいてハードの開発や実証が伴うディープテック・スタートアップであれば、敢えて首都圏以外を事業開発先として選ぶ理由も理解しやすいです。このような観点から、適切な事業フェーズ、および、事業内容のスタートアップを呼び込むことは欠かせません。」

「そして、3つ目は、我々も出資によるリスクテイクを行い、ともに事業推進者となることです。つまり、自治体から業務を発注頂く請負業者に閉じるのではなく、産業振興に必要な投資は積極的に行うことで、共に事業を推進する共創パートナーのポジションを築きます。この投資には大きく2つあり、1つは、先ほどのイノベーション拠点を始めとしたスタートアップの業務環境の整備です。拠点の開設などのハード整備は、この事業コンセプトに不可欠な要素であるため、当然先行投資を辞しません。また、拠点運営を行政の委託事業で賄うようでは本質的な解決にはなり得ないため、弊社では、自治体予算に依存せず自立的な運営を行います。尚、建物だけでなく、弊社が出資先スタートアップであるATOMica社(※1)を通じて常駐人材も雇用します。」

「また、、ベンチャーキャピタル事業の展開も行っていきます。。拠点運営などの先行投資は、アクセラレータープログラムの事業運営費用のみでは賄いきれません。本事業を通じて、地域での継続的な活動を決めた有望なスタートアップに対して出資することで、キャピタルゲインによる経済性の確立を目指します。具体的には、地域ごとに官民連携ベンチャーキャピタルファンドを設立し、弊社のみならず、行政や地域の事業者とリスクを共有しながら安定的、かつ、継続的な事業運営を可能とさせます。

このように中長期的な施策を構想する際に、全年度にわたって自治体の予算に依存した計画は現実的ではありません。各事業者がリスクを共有し合うことで、事業全体に適度な緊張感とコミットメントが生まれ、結果として力強い事業運営を成し得ると考えております。」

 

 

-地方自治体からイノベーションを起こす上では地域住民や事業者との連携が欠かせない。地域の人々や自治体との関係づくりに関する話の中で支援者側のあるべき姿が伺えた。

「まずは地域の一員として認めてもらうことが大切です。外様の事業者から「こんな事業をやるのだけれども、協力してもらえませんか?」と急な打診があっても、誰しもが戸惑う、ないしは、訝しむかと思います。また、最初の関係性がビジネスありきになってしまうと、意思決定における構造上のギャップが生じた際に囚人のジレンマ状態に陥りやすいです。双方が歩み寄ることができず、結果として成果も道半ばとなる懸念があります。そのため、最初の関係性をビジネスからではなく、友人・知人枠から始めることを意識しております。まずは、一緒にご飯に行くなり、仕事以外の立場から関係性を築くことで、来るべき際にビジネスの相談が行える人間関係の基盤を醸成しております。その土地に行き、その土地の物を食べ、その土地のことを一緒に真剣に考える、プリミティブですが、これが王道であり、大切であると痛感する毎日です。コンサルタントやキャピタリストとして、ロジカルな分析や企画、提案も当然重要ですが、地域に根差してウェットなコミュニケーションが可能なポジションでなければ、大きな変革の触媒とはなり得ません。実際に、2023年から実施している広島県竹原市での取組み「たけはらDX」では、事業開始前から私自身が竹原市に移住いたしました。青年会議所への加入やプライベートでの付き合いも相まって、事業が始まる際には、ほぼ全ての地域事業へ間接的にアクセスや相談ができる関係性が築けました。プライベートの時間は職務上の“義務”ではなく、最早私自身の“趣味”に近いですが(笑)、結果として、竹原市での事業を推進する上でのKSFになっていると感じております。」

地方で生まれた“ローカルイノベーション”は、同様の社会課題を抱える他地域にもスケール可能なポテンシャルを秘めます。このような地域をイノベーション体質に導く仕組みや施策を構築することで、日本全体の産業振興に寄与していきたいですね。」と桶谷氏は最後に語った。

政府からも「地方創生2.0」を始めとした地方創生への重点的な着手が示されている中でこのような取り組みが広がり、ローカルイノベーションが日本中で起こることを願う。

※1株式会社ATOMica(本社:宮崎県宮崎市、代表取締役:嶋田 瑞生、南原 一輝)

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