VC100社に断られてもピボットしなかった アリススタイル村本理恵子が貫く“信念”

2024.12.11
#起業家インタビュー

モノが飛ぶように売れる時代は、とっくに過ぎ去った。いっこうに上向かない景気のなか、消費者はどんどんスマートになり、ライフスタイルもそれにあわせて変わってきている。そんな時代に注目を集めているのが、BtoCおよびCtoC間の“モノ”の貸し借りをワンストップで実現するシェアリングサービス「Alice.style」。村本理恵子さんがこのアリススタイルを起業したのは、なんと61歳のときだった――。

買う時代から借りる時代へ

モノの貸し借りアプリ「Alice.style」は、BtoCおよびCtoC間の“モノ”の貸し借りをワンストップで実現するシェアリングサービス。2016年に起業し、2018年にサービスを開始した株式会社アリススタイル(旧社名:株式会社ピーステックラボ。2024年8月に企業名変更)だが、この1、2年の間に鉄道、航空、自動車など、そうそうたる大企業とのコラボレーションを次々と実現。これまでのサービス利用者は200万人を超え、今年11月にはソニーペイメントサービスと資本業務提携を締結、インテージグループを相手に第三者割当増資を実施するなど、“次のステージ”に向けた準備を着々と整えつつある。

「シェアリングという言葉もない時代にサービスをスタートして、そのあとSDGsという言葉が出てきて、少しずつ世の中が変わってきた。ようやく風が吹いてきたと感じるのは、3年くらい前からですかね。誰もが知るような大企業から声がかかるようになって、それがカタチになってきた。最初は、シェアリングのために商品を貸してほしいとお願いしても『うちは商品を売っている。借りられるようになったら売れなくなるじゃないか』と断られてばかりでした。それがシェアリングという言葉が一般化したり、モノが売れなくなったりしているなかで、どんどん変わっていった。モノを買う時代から借りる時代、さらにいえばモノを持たない時代へと変わってきているのを実感しています」

 

いつも、いつでもワクワクしていたい

そう語るのは、株式会社アリススタイル代表取締役社長の村本理恵子さん。見た目もマインドもかなり若々しいが、現在69歳。この人は齢をとることを忘れてしまったのではないかと思わされてしまう。東京大学を卒業後、時事通信社に入社。マーケティングリサーチ部門で分析業務に従事したのち、1989年から専修大学の経営学部の専任講師に。5年後に教授となるも、99年にベンチャー企業の立ち上げに参加するために離職した。

「インターネットが世の中に出てきて、すごくおもしろいことが起きるぞって時代。大学教授なんてやっている場合じゃないなって(笑)。大学を辞めるとき、他の教授から、大学なら70歳まで働けるのにもったいないと言われました。でも気がついたら、いまその年齢。まだまだ働けそうです(笑)」

オンラインコミュニティビジネスの会社の代表取締役としてナスダック上場に導いたのち、法政大学経営学部大学院の客員教授としてマーケティングを指導。しかし3年後に彼女はふたたびビジネスの世界へと舞い戻る。エイベックス・エンタテイメントの映像事業部のアドバイザーとして映画宣伝を手掛ける。会社に提案したモバイル動画配信事業がベンチャープロジェクトとして採用され、ドコモとの合弁会社が設立される。それがのちのBeeTV、そしてdTVだ。

「生まれてからずっと新しいことをやるのが好きなんです。いつも、いつでもワクワクしていたいから、新しいことを始めるのに躊躇がない。大学のときから消費者行動論を学んでいて、消費者はどう行動するのかというのが私の中のテーマとしてずっとある。経歴を見るといろいろちがうことをやっているように思えるかもしれませんが、実は消費者行動を学び、そこからマーケティングの新しい施策を考えるというのは、ずっと一貫しているんです」

老後の楽しみですか?

そんな彼女がアリススタイルを起業したのは、仲間たちとのワークショップがきっかけだったという。

「2015年ごろ、21世紀の経済はどうなるんだろうということがテーマでした。これまではたくさん作ってたくさん捨てる時代だったけど、これからは環境問題などを考えても変わらざるをえないというようなことを話し合っていくうちに、“共有”という概念が出てきた。そのときちょうど私がやっていたのが映像のオンデマンドサービス。それまで家で映画を観るといえば、DVDを店で借りて返すというのが当たり前だった。でもクラウドでデータを共有することで店に足を運ばなくても映画を見られるようになったわけです。これって“モノ”でも同じことができるんじゃないか。そんなふうに考えたのがアリススタイル立ち上げのきっかけになりました」

新しい時代が来るという確信はあった。だが、スタートにはかなり苦労したという。

「まず資金調達に苦労しました。VCを100社は回りましたね。でもどこも興味を示さない。当時私は61歳でしたけど、ひどいところは『老後の楽しみですか?』なんて言ってくる。でもいろいろなところで一生懸命話していたら、たまたまエンジェル投資家の方に出合い、実証実験ができるだけの資金を得ることができました」

何社から断られようと、“ピボット”はしなかった。それは「買う時代から借りる時代に変わる」という軸があったから。決してブレなかった村本さんだが、実証実験では思わぬ結果を得ることになる。

「まずは女性をターゲットにしようというのは、最初から考えていました。LINEとかInstagramとか、大きく広がるサービスって、まずは女性の間で広がっていき、それが男性へと流れていく。実証実験ではどんなモノが出品されて、どんなモノが借りられるのかを見ていたんですが、圧倒的に美顔器や脱毛器、高級ドライヤーなど美容関係の商品でした。私はファッション関係とかベビー用品が人気になると思っていたんですが、予想しない結果になった。これは大きな発見でしたね。考えてみたら、美容機器って高額なモノが多い。でも使ってみないと効果がわからないからなかなか手が出ない。しかも買っては見たものの3ヶ月くらいで飽きることもよくあるわけです。女性の9割が知っていて興味があるけど、その1割も買っていないという市場。ここにニーズがあると革新しました」

実証実験から次のフェーズへ。ここでも資金調達に苦労した村本さんは、あることに気がつく。

「それまで私がやっていたのは、私たちが事業をどう立ち上げ、どう成長させていくかというプレゼンでした。そうすると『実績がないから』と次々断られる。これじゃダメだと思っていろいろ考え直してみたときに、主語を『私たち』から『投資家』に切り替えてみたんです。資料を作る際に、このマーケットにどのくらいニーズがあり、将来性があるのかということを投資家目線で作るようにした。それを補足するのは私たちの思いではなく、数字。そういうふうに考え方を変えてみたら、大型の出資をしてもらえることになりました」

新しいモノが届く気分を大切に

同様のシェアリングサービスは、他にもあるが、アリススタイルのような成長を描いているところは多くない。なぜアリススタイルは成功の道を歩むことができたのだろうか。

「ひとつは女性をターゲットにしたこと。男性はまだまだ所有欲みたいなものが強いから、買いたい、持ちたいという人が多い。でも女性はしっかりしているから、本当に欲しいモノ以外は借りればいいやって考えるんです。でも一方で、あからさまな女性向けのサービスにはならないようにしました。これまで女性向けのサービスということは言ったことがないし、ウェブサイトのインターフェイスもいかにも女性用という感じにはしていない。シンプルで男性が見ても違和感がないことを意識しています。キラキラピンクみたいないかにも女性向けですというものを見ると、恥ずかしくなる女性が多いと思うんです。だからそこは常に意識しています」

もうひとつ、力を入れたのがシェアリングから返ってきた商品の掃除だという。

「人が使った痕跡を残さない。素早く徹底的にきれいにします。いまは専門の方にお願いしていますが、最初は自分たちでぜんぶやりました。だからどんな商品はどこがどんなふうに汚れるかわかっているんです。この蓄積がたまったのは大きいんです。もともと商品が入っていたパッケージは、最初にぜんぶ捨てて、私たちのオリジナルの梱包で発送します。箱が汚くなることもないし、受け取った人は新品が届いたように感じるはず。新しいモノが届く気分みたいなものを大切にする。そういうきめ細かさはほかと違っているかもしれませんね」

大手家電メーカーの商品をシェアリングし、モニタリングに活用することもある。

「あるメーカーの高級ドライヤーは、うちのシェアリングで出たユーザーの意見を参考にしてデザインや使い勝手をどんどん改良しています。一方で、地方の小さなメーカーでもいい商品だと思えば、『1点でもいいので』とサービスへの参加を呼びかけています。アリススタイルで新しい、これまで知らなかったモノに出合うというワクワクを大事にしたいですから」

常にアドレナリンが出ています

鉄道会社や航空会社とのコラボレーションでは、「モノを持たない」旅の実現を目指す。

「普段使っているドライヤーとか美容機器を旅に持っていくのは面倒じゃないですか。だから登録しておけば、旅先で受け取れるようにしています。ほかにも旅先でしか使わない天体望遠鏡とか、ベビー用品とかを借りる人も多い。持たない旅はこれからも広がっていくと思います」

これからもアリススタイルは、そのサービスをどんどん広げていく。目指すは、シェアリング界のAmazonだと、村本さんは言う。

「目指す社会は、電気・ガス・水道・アリススタイル。社会のシェアリングを支えるインフラになればいいなと思っています。いろいろな人が好きなモノを使えて、でも無駄に買わない。そういう新しい常識を作っていきたい。そういう時代はすぐにやってくると思っています。たとえば、除湿機とか加湿器とかシーズンごとに使うものを買うと、使わない時期にそれを置く場所が必要じゃないですか。シーズンごとに借りれば、その場所がいらないし、常に最新のものを使うことができる。こういう新しい便利が広がっていけば、昔はどうして買っていたんだろうって話をする時代になると思いますよ」

1時間以上話を村本さんの聞いていて、あらためて思った。この人は、齢をとるのを忘れていると。

「常にアドレナリンが出ていますからね(笑)。何歳であろうと、自分のなかにパッションを持って、社会をこうしたい、こう変えたいという思いがあれば、絶対にやれると思っています。あとは1人ではできないということを知ること。私たちは誰でもまわりに生かされている。私の場合、社員や投資家、さらにアリススタイルの会員。みんなの支え、助けがあるからやっていける。それだけは忘れてはいけないと思っています」

言い訳をしない。ピボットもしない。ただひらすらに邁進する。村本さんのしなやかでしたたかな生き方は、起業家ならずとも学ぶところが多い。

 

新着記事