「命を救うために」現役医大生が起業。 クロスメディスンが進める赤ちゃんの泣き声研究

起業に必要なのは情熱だ。若さはその情熱の最高の燃料となる。徳島大学医学部の現役大学生、中井洸我さんは「テクノロジーの力で、人に寄り添い、健康や幸福に貢献したい」という思いから株式会社クロスメディスンを立ち上げた。まだ発展途上だというこの会社が目指すものとは――。
高齢者の転倒防止アプリを開発するが……
クロスメディスンという社名には、医療とテクノロジー、デザイン、政治など、さまざまな分野を「かけあわせたい」という思いからつけられた。2022年9月にこの会社を立ち上げたのは、徳島大学医学部の現役学生、中井洸我さんだ。
「1対1で向き合う臨床以外にも、社会全体の健康増進のためにできることはないかと考えて、ないかと考えて予防医療にいきつきました。症状が出る前、予備軍の段階で病気が怪我を防ぐことができれば、そのほうがいいのではないかと」
起業する前に中井さんはひとつのアプリを世に送り出している。それは高齢者の転倒予防のためのアプリだった。
「高齢者の歩行状態をスマートフォンで読み取って、その方が転倒しやすい状態を把握したり、実際に転倒した位置情報をマークすることで、高齢者にとって危険な場所をマッピングしたりするアプリでした。社会的にも意義のあるプロジェクトだと思っていたんですが、まず高齢者とスマートフォン、アプリの相性が悪かった。なかなか使ってもらえなかったうえに、当時の僕には行政から補助金をもらうとか、起業して資金調達するという考えがまったくなかったので、間もなく資金ショートして頓挫することになりました」
2年間、保育園で働く
そこで足を止めたわけではない。“ピボット”した次に中井さんが着目したのは、「産後うつ」だった。
「社会の基盤となる家族を守るためになにかできないかと考えたときに“産後うつ”を解決することができれば、ジェンダーギャップの解消にもつながるのではないかと考えました。ただ僕は子どもを生むことはもちろん、子育ての経験もないので、まずはそこから勉強しようと思い、学生団体を設立し、保育園でインターンのようなカタチで働かせてもらうことにしました」
保育園で2年間勤務するなかで、子育てにはたくさんの課題があることを知ったという。そこから「自分ができること。自分にしかできないこと」を考えていき、赤ちゃんの泣き声分析アプリ「あわベビ」が生まれた。
「赤ちゃんの泣き声が意図するところがわかる人とわからない人がいて、わからない人は育児ストレスを強く感じ、産後うつや虐待の一因にもなっているとわかりました。そこで、泣き声がわかると、子育てへの参加促進や産後うつの予防に繋がると考えました」
「あわベビ」は、泣き声から感情を推定し、その対処策を教えてくれるアプリケーション。いわば泣き声を可視化し、コミュニケーションを可能とするパパ・ママに寄り添うAIだ。
「赤ちゃんの泣き声を研究・解析している企業、団体はクロスメディスンを含めて世界に6つあります。現状では赤ちゃんが泣き声で表現する感情は5種類あり、約90%の精度で分類することができています。でも私たちは赤ちゃんの感情はもっと多彩で、12種類存在する考え、その分析のための行っており、新生児成育医学会にて、研究内容に対して優秀演題賞を受賞しました。現在は論文化に向けて動いています」
現状把握できている5種類の感情は「空腹」「眠い」「痛い」「暑い/寒い」「不快(排便など)」。クロスメディスンはそれらに加えて「甘え」「寂しい」「怖い」「不安」「イライラ」「驚き」「理由不明」の12種類の分類に挑戦している。これまでに集めた泣き声のサンプルは2万4000件以上にのぼる。
研究者になるか、起業するか
「感情は月齢によって発達していきます。泣き方や声の大きさ、声色も変化していくので、泣き声を研究していくことで赤ちゃんの発達状態を見極めたり、病気を予測できたりすることができるのではないかと考えています。当初は、産後うつの解消のために始めたプロジェクトですが、赤ちゃんに対する予防医療の側面もあるということがわかり、他の研究機関などとの共同研究を進めています」
転倒防止アプリのときとちがうのは、「あわベビ」のために会社を立ち上げたこと。産後うつの解消や赤ちゃんの予防医療のためなら、研究者となる未来もあった。だが、中井さんはあえて起業する道を選んだ。
「利害に関係なく、世界の研究者とともにオープンで研究を進めることもできました。でも研究を続けるには研究費が必要。研究費を獲得する苦労もありますし、獲得した研究費は別の研究に使うことができない。新しいチャレンジができなくなるのです。その点、起業すれば、当然利益を生み出す責任を負うことになりますが、そのぶん、自由にチャレンジすることができる。たとえば、ひとつの部門が利益を出せば、利益を生まない研究を続けることもできるわけです。僕は、金銭的な成功を求めてはいません。ただこの資本主義の社会において、社会課題を解決できる企業をつくれたらいいなと思っています」
クロスメディスンの活動は多くのビジネスコンテストで高い評価を受けているが、ビジネスはまだまだ途上だ。
「正直、マネタイズはいまも大きな課題です。現状は3年後の黒字化を目指して『あわベビPRO』というより詳細に泣き声の分析可能な法人版を作り、いくつかの会社との有料契約を進めています。個人で課金するサービスの場合、赤ちゃんの期間が終わると使わなくなってしまいますが、法人なら一括で利用していただけることでビジネスの安定につながります。すでに契約していただいているのは、インフラ系の会社と金融機関。どちらも男性社員の多い企業ですが、だからこそ子育ての支援が必要なのです。男性が産休を取得したとき、戸惑うことがないように『あわベビ』を活用してもらおうと思っています」
中井さんは来年3月に大学を卒業し、研修医と経営者という二刀流の生活が始まる。
「理想は、僕が経営者としてビジョンを示し、人の命を救うミッションをまっとうしていれば、会社がどんどん成長していくという状態です。臨床と違い、予防医療は今困っている問題を解決するわけではないので、お金になりにくい難しい領域です。その中でも挑戦をし、予防も含めて命を救う行為とビジネスが両輪で成り立つ土台をつくります。起業は楽しいですよ。僕は高校までサッカーをやっていたんですが、起業もチームスポーツと同じだなと感じています。自分たちの目標を設定して、自分たちの戦い方で勝負する。勝ち負けに関係なく、自分たちで方向性を決めて走っていくというのはすごくワクワクします」
若者が人の命を救うために起業した。そんな会社だからこそ、大きく成長することを願わずにいられない。
新着記事
-
【BooSTAR】「スタートアップを加速する! 日本の研究分野をけん引する“大学”の取り組み最前線!」3月23日(日)午前10時放送2025.03.23
-
【いまさら人にはきけないスタートアップ用語 vol.01】ベンチャーキャピタル(VC)とは?2025.03.19
-
日本初のAIアナウンサーは「NEC Innovation Challenge」から生まれた!2025.03.19
-
入山章栄教授の「最新スタートアップ講座」vol.14 「日本のディープテックスタートアップの課題」2025.03.19
-
【3/19(水)開催】世界最大級のプレシードインベスターTechstarsの出資付アクセラプログラム「Techstars Tokyo」応募説明会Ask Me Anything2025.03.19
-
Day Zeroから世界を目指す起業家のためのプログラム「Antler Residency in Japan - Batch 4 -」 4月7日よりスタート! 最終応募受付中!2025.03.19