【FTS INTREPRENEURS AWARD 2024 受賞者インタビューvol.03】「種をまく作業をずっと続けていきたい」(住友商事株式会社 グリーンケミカルSBU伊藤直也さん)

企業に所属しその企業のアセットを使いながら、イノベーティブな取り組みを行うイントレプレナー。尖ったアイデアが排除されがちな企業のなかで、独自の新規事業を立ち上げ、チームを率い、成功を目指す。FTSでは、そんな挑戦する若手イントレプレナーを表彰する「FTS INTREPRENEURS AWARD」を創設。2024年の受賞者は3名。第3回は、住友商事株式会社の伊藤直也さん。彼が手掛けるのは、米のもみ殻からシリカを抽出し活用する「Rice Phone」プロジェクト。農業はもちろん、エネルギーや化学品などの常識を覆すアイデアは、どこから生まれてきたのだろうか?
「世界ってグローバル」
北海道で生まれて、埼玉で育った。少年時代は、テレビで観た「ムツゴロウ王国」に憧れた。その後、宇宙飛行士になりたいと物理学を学ぶために大学へ。だが「物理は難しすぎる」と環境農業学の道に進む。大学卒業後は、大学院に進学するつもりだった。大学4年の就職活動で住友商事を受けたのは「院卒のときのための練習」だった。
「学生時代は空手部の活動ばかりやっていて、住友商事の企業研究もロクにしていないし、就活のための勉強もしていませんでした。TOEIC250点ですからね(笑)。総合商社から内定をもらえるなんて思っていませんでした。面接では空手の話ばかりしていたのに、それがウケて最終面接に行くことになった。そこで聞かれたのが『リーマンショックについてどう考えるか』という質問。『アメリカで起きた問題が世界中に影響を与えるなんて、世界ってグローバルだなと思います』って言ったら、役員が爆笑して、なぜか内定をもらえたんです。完全なキャラ枠だったと思います(笑)。教授に相談したら『内定もらったのなら就職したほうがいい。大学院にはいつでも戻れるから』と言われて、それもそうだなと入社することにしました」
伊藤さんが住友商事に入社したのは2009年。アグリサイエンス部で農薬トレードに従事した後、メディカルサイエンス部の化粧品チームに配属。もみ殻からシリカを抽出する新事業を立ち上げたいと考えたのは、事業会社であるブラジルの化粧品素材ディストリビューターに駐在派遣していたときだった。
「化粧品の原料を売っていたんですが、自然由来、ナチュラルな原料がほしいという声が多くあったんです。シリカは化粧品だけでなく、半導体とかタイヤの素材とか、いろいろなものに使われているんですが、そのほとんどが鉱物から作られているんです。あるときシリカメーカーの方に『シリカって植物から作れないんですか?』と尋ねたら、『米のもみ殻から作れる』って教えてくれたんです。実はもみ殻からシリカを作る研究は、新しいものでもなんでもなく、文献もあちこちにあるんです。でもそれらはすべて廃棄されるだけのもみ殻を有効利用できないかという農業サイドの視点のものばかり。誰もビジネス的な視点で見ていなかった。これを繋げばビジネスになると思って『0→1チャレンジ』に応募しました」
住友商事にしかできない仕事
『0→1チャレンジ』は、2018年に始まった住友商事の社内起業制度。伊藤さんは、応募の際、プロジェクト名を「Rice Phone」にした。
「米から化粧品を作るって言ってもありきたりでインパクトがない。もみ殻のシリカでなにを作ったら興味をひくかなと考えて、スマートフォンだと。もみ殻でできていていざとなったら食べることもできるスマホがあったらおもしろいなと」
『0→1チャレンジ』の面談では、「なぜ住友商事でやらなければならないのか?」と質問されたそう。
「もみ殻からシリカを抽出するためにはもみ殻を大量に焼却しなければならないんですが、この過程でバイオマスエネルギーを取り発電することができる。農業、発電、化学品、さらには化粧品などの商品化。いろいろな産業をつなぐことができるのは、それらすべて手掛けている住友商事だけ。住友商事がやるべき仕事だということを話しました」
こうして2020年、伊藤さんの「Rice Phone」は『0→1チャレンジ』に採択。現在はソニーグループと共創し、シリカを抽出した後のもみ殻炭を、多孔質活性炭の製造にも活用することで事業性の拡大を検討中だというが、そこにたどり着くまでは苦労もあったという。
「会社の中で誰もやったことがない事業だったので、なにが正解なのか分からない。半導体、タイヤ素材やバイオマスエネルギー、活性炭などは自身のキャリアとしてもまったく経験のない分野だったのでイチから勉強しました。でももともとは僕の妄想みたいな仮説。それを実現していく作業は楽しかったですよ。僕個人だけだと単なる与太話ですが、そこに住友商事という看板がつくと、みんな熱心に聞いてくれるし、協力もしてくれる。それはありがたかったですね」
責任は感じない
伊藤さんが取り組んでいるプロジェクトは「Rice Phone」だけではない。
「ジャンルを問わず、おもしろいと思ったことは、会社の許可をとってどんどんプロジェクト化しています。1年で10個以上のプロジェクトを立ち上げて、ダメならいったんコールドスリープ。こういう言い方をすると怒る人がいるかもしれないけど、会社から給料をもらいながら、会社の資金と看板を使って遊ばせてもらっているという感じです。でも、もし僕のプロジェクトが利益を生むようになったら、それは会社のものになるわけですから。そこはお互い様じゃないですか(笑)」
興味があるのは「種をまくこと」だと伊藤さんは言いきる。
「ビジネスとして育てたり、マーケットで売ったりというのは、僕より得意な人がやればいいと思っています。そのプロジェクトが赤字なのか、黒字化の見込みがあるのかにもほとんど興味がありません。それはマーケットが決めることだし、僕の仕事の範疇ではないと思っていますから」
損得を考えず、自らの関心によってのみ動く。これこそイントレプレナーの強みだし、あるべき姿のように思える。
「勝手にやっているわけでなく、ちゃんと会社の許可をもらってやっている。だから責任は感じない。『やっていいって言ったじゃん』って(笑)。出世させてくれるというなら喜んでしますけど、チャレンジできないようなポジションだと困ります。僕はとにかく新しいことにチャレンジしたい。種をまく作業をずっと続けていたいんです。僕にとって成功も失敗もない。どのプロジェクトも常にチャレンジの途中だし、止まっているプロジェクトもコールドスリープしているだけ。技術が進化したり、マーケットニーズが変化したりしたら、すぐにでも再開できるようにしてあります」
「Rice Phone」をはじめ、自らのプロジェクトについて語る伊藤さんは、常に笑顔だった。苦労を苦労だと思わない。「楽しいから」「おもしろいから」を原動力とする伊藤さんのようなイントレプレナーが増えていけば、日本のスタートアップももっと活性化するのではないだろうか。
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