「未来が向こうからやってくる」MOONRAKERS TECHNOLOGIES 西田誠CEOが選んだ50歳代からの“出向起業”の道

大手企業に籍を置きながら自らが作った会社に出向する“出向企業”が話題になっている。もとにいた企業のアセット、リソースを使いながら、その企業ではできないチャレンジをする。昨年東レ株式会社から出向起業したMOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社の西田誠CEOは、自らの理想、夢を追いかけ、50歳を超えてからの起業を決意したという。
圧倒的な成功事例になる!
MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社の西田誠CEOが“出向起業”という言葉に出会ったのは、2022年9月だった。
「スタートアップのイベントに参加したときに、出向起業の仕組みを使って大企業から起業した方の話を聞きました。セーフティネットを持ちつつ自由度高く挑戦できる。これはすごく面白いなと。すぐに経産省で同制度を創出した奥山さんを紹介してもらいました」
母体企業との間でセーフティネットを構築しつつ、自由度高くスピード感をもって起業のチャレンジができる「出向起業」については、以前FTSでも紹介した(「会社を辞めず、会社のアセットを使いながらスタートアップする。『出向起業』という“第4の道”」)。西田さんが会ったのは、この記事にも登場する出向起業スピンアウトキャピタル代表パートナーの奥山恵太さんだ。
「話を聞いてすぐ直感的に『これはすごい仕組みだ。日本を変えられるかもしれない』と思いました。自分が実際に出向起業したのは、2023年の11月でまだ1年も経っていませんが、僕は自分が実際に実行者として経験したノウハウを誰にでも透明に広く共有する、出向起業のエバンジェリスト(伝道者)になろうと思っています。極論すると、自分の事業が成功するとか失敗するとかはどっちでもいい、僕のやり方を参考にして僕以上に上手くやってくれる人が出てくればいい、それで日本社会が活性化すればそれでいい。さらに自分が圧倒的な成功事例になって、この出向起業の仕組みをみんなに知ってもらいたい。自分自身が全てを事業にかけ、強烈に成功を追い求める理由はそこに尽きます」
現在、54歳の西田さんが東レ株式会社に入社したのは、1993年。
「愛媛県の片田舎、まわりを山に囲まれた山間の町で育ちました。だからかも知れませんが、子供の頃から山の向こうに何があるのか? 世界はどう出来上がっているのか? というようなことを知りたい思いが強かった。それを実現するには、あらゆる産業に関わることのできる素材産業が最も良いのではないかと考えて東レに入りました」
高機能なのに売れない
東レでは、入社時から開発営業を担当。彼はそこで“伝説的”な実績を作る。
「新しいことに挑戦するのが好きで、20代のころから当時の最新の先端素材である“フリース”での新事業に挑戦していました。その活動の中で1999年にユニクロに飛び込み営業をして、大型契約を取ることができたのです。それは東レと同社との取り組みのきっかけとなりました」
その取り組みの中から、ヒートテックやエアリズムなど、ユニクロを代表する商品が生まれることになる。大きな実績を上げた西田さんは、40歳代で部長職となるなど、社内でも高い評価を得ていた。だが、彼は自分の仕事に対してひとつの疑問を抱え続けていたという。
「世界中のありとあらゆるファッションブランドをまわって営業しました。名の知れているブランドは、ほとんどまわったと思います。特に2010年代には東レの繊維技術が格段の進化を遂げ、世界でも東レしか作れない素材をどんどん開発していました。しかし、ちょうどデフレが重なっていたこともあり、素晴らしい機能を持つ素材やそれを使用した商品も『高い』のひと言で買ってもらえない。それが本当に悔しかったし、どうして買ってもらえないのか? という疑問がどんどん大きくなっていきました」
西田さんによると、現在の東レは毎年のように革新的な素材を生み出す能力を持ち、そのバリエーションとして年間1000を超える新しい生地を試作開発しているそう。しかし実際に採用され商品化されるのはその数分の一に留まる。
「東レのスローガンもそうなのですが、僕は“素材には世界を変える力がある”と信じているし、“先端技術が世界を変える”と本気で思っています。手前味噌ですが、東レの先端技術、先端素材は本当にすばらしい。しかし、安いものしか売れない状態が続くと、この技術もそれを開発する力もなくなってしまいます。レベルが低くて採用されないのは仕方ない。でも実際は逆なんです。レベルが高い素材ほど価格が高いからという理由で採用されない。『これいいんだけど、もっと機能を落としてもいいから安くして』みたいなことを言われるわけです。そんなことが繰り返される中、自分も50歳になり仕事人生の最後の10年くらい自分のものさしを貫いていこうと。誰も買ってくれないなら自分で売る。高いものは売れないっていうけど、本当にいいものなら買ってくれる人はいるはずだと。それで素材に留まらず自分で製品まで開発して、D2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー/消費者直販)をやってみようと思ったのです」
クラウドファンディングからのスタート
だが、D2Cには常に在庫リスクがつきまとう。D2Cのノウハウがない東レでは在庫コントロールも非常に難しい。そのことを理解していた西田さんは、クラウドファンディングでの受注販売を会社に提案したという。
「ファッションビジネスの最大の問題は在庫。クラウドファンディングなら受注生産なので在庫リスクはありませんという話をして、実験させてくださいと。最初はTシャツを出したのですが200万円程度の売上に留まりました。しかし、2回目に出した軽量、撥水、防風などの機能を持ちながらレザーのような質感のコートを出したところ1700万円もの販売につながった。この結果には自分自身はもちろん関係者もとてもびっくりしたのですが、そうすると今度はユーザーから服をフィッテイングする場所がほしいと要望がでた。そこで次はコートで出た利益を投入してショールーム(フィッテイングルーム)を作りたいと提案し、会社の近くに日本橋に店を出すことにしました。会社にしてみれば、もともとゼロのところに湧いたような収益なので、それくらいならいいだろうってことで(笑)。そうすると、ユーザーが喜んでくれて、ショールームにあるクラウドファンディングで成功した商品を追加購入したいという話がたくさん出てきたので、そこからECを立ち上げることになり、事業の形が出来上がりました」
大企業では、プランをつくると徹底的なリスクつぶしで話が進まなくなってしまいがちだ。PDCAを高速で回せとよく言われるが実際には最初のP(プラン)で進めなくなってしまうことも多い。西田氏がやったのは、あえてDから始める形だった。
「小さな実験(Small Do)をやることによって反応が出る。反応がでなければそれはなにか間違っているので、再度実験をする。ユーザーから反応がでればそれを踏まえて、初めてビジネスプランを創れば良いのです」
当初は、従来からの事業も手掛けながら兼業での事業展開だったが、ユーザーからの強い反応を受け正式に専業で社内ベンチャーとして事業開発に取り組むこととなった。しかし、そこからは茨の道だったという。
「大企業での新事業はガバナンスが厳しく、特に東レとして前例のない新規事業でもあったので1ヶ月に20本くらい、つまり毎日のように稟議書を書いて、その回答がくるのが早くて2週間、遅いものだと3、4ヶ月かかる。対外発信やSNSの投稿も全てチェックが必要なので、タイムリーな発信も出来ない。つまり新規事業に必須のスピード感が出ないのです。東レという大企業ではガバナンスはもちろん重要。しかし新規事業で最も重要なのはスピード感。このふたつの相反する要素の紐解きに悩みに悩んでいたところで、出向起業という仕組みに出あったのです」
「不公平感」という壁
しかし出向起業への道のりは簡単ではなかった。会社側との折衝は約1年かかったという。
「最初の数ヵ月で少しずつ根回しをしつつ(笑)、同時にベンチャーキャピタル(VC)を回って事業性を評価してもらいました。有り体にいうと、この事業アイディアに出資してもらえますか? という打診です。幸い、VCからは非常に高く評価してもらい、あっという間に1億円近い資金調達のめどがたち、これでようやく会社と議論ができる土壌ができました。そこまでで約半年。しかし、会社との議論はその後も半年を越えて続き、結果としてトータル1年という長い議論となりました」
東レとしては「出向起業」という制度を聞いたこともない状態。『ベンチャーキャピタル(VC)って何?』というところからのスタートで、ベンチャーとか出向起業に対する知識がなければ、まずはその理解、共有に時間がかかったのも理解はできる。しかし、延々と続くヒアリングと議論に、西田さんとしてはかなり疲弊したとも言う。
「延々と続く議論に疲れ果て、途中で何度もシンプルに会社を辞め起業しようかと考えました。東レから素材を売ってもらう形でも事業運営として問題はなく、出資先のVCからも『出向起業の形態でなくとも出資はします』と言っていただきました。しかしそれだと、西田という一人の特別な人間、ヤンチャな社員がいたという話で終わってしまう。僕が出向起業にこだわったのは、挑戦する人間にどんどん出てきてほしかったからです。東レに限らず、日本の企業には技術と人のリソースが山のようにあり、それは宝の山です。出向起業のようなセーフティネットシステムもあるのだからどんどんやりたいことやろうぜって。これを東レの後輩たちに、そして同じ思いをもつ日本中の企業の挑戦者たちに、自分の事例を通じてどうしても言いたかった」
東レでの出向起業の議論が長引いた理由に「社員間の不公平」というものもあったという。
「東レは自由闊達な会社で、やりたい人間は応援するという社風です。しかし、一方で公平性も重視するので、社員の身分が保証され給料も会社からもらう状態なのに、もしうまくいったら個人が莫大なキャピタルゲインを得ることになる出向起業は、“不公平”ではないかと。」
確かにその議論はほかの企業でもでてくる可能性のある議論だ。普通であれば、そこで議論として終了となってもおかしくはない。しかし東レと西田さんは、その難しいポイントであきらめることなく最後まで紐解きに挑戦した。
「それならば、ということで、会社とも相談して、今回は『一時退職起業』の形を取りました。通常の出向起業だと会社から給料をもらうけれど、一時退職起業だと給料はもらえない。自分の事業で収益を上げて、そこから給与を捻出しなければなりません。よって収益がでなければ給与も低くなります。けれど最低限のセーフティネットとして、事業が失敗した際は元の会社に戻れる権利がある。これなら独立に近いですし、会社にも依存していない。僕にもリスクがあるから不公平感は減るということで、GOサインを出していただきました」
数字的な成功は追い求めない
西田さんは個人で約100万円を出資、東レやベンチャーキャピタルからの出資を受ける形でMOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社を設立。最初にやったのは自分の給与を決めることだった。西田さんは自分を律するために、収益が出ない場合は給与が東レ時代の半分になる設定にしたと言う。自分を追い込み、自分を厳しく律しながらそれでもどうしてもやりたいとこだわった「出向起業」。その仕組みは西田さんの事業にどのような変化を起こしたのだろうか?
「ほんとうに驚くほど、圧倒的にスピードが上がりました。僕も長年大企業のなかにいて何につけ決済を取りながら進めるのが普通だったので、自分の判断だけで物事が進むスピード感は、少しめまいがするほどです(笑)。それはもはやスピードが早くなったというレベルを超えて、未来が向こうからどんどんやってくる感覚。会社にいたころは、情熱があっても進めないことがありました。でもいまは、自分の情熱がそのまま事業の推進力になるのです。もうひとつ伝えたいのは、社内外という枠にとらわれず、自分の思いに賛同してくれる仲間と仕事ができることの利点です。東レの内部にはないブランディングやマーケティング、外部情報発信のノウハウを自分たちに持ち込んでくれているのは、実は出資してくれた方々です。その分野のトップを走っている方々が、MOONRAKERSに可能性を感じ、お金を出し、そのうえ的確なアドバイスもくれる。仲間の信用を得るためにも自分を厳しく律することは必須だと考えていますが、たったそれだけのことで仲間を出資者と出来る座組は、『金を払わずにノウハウを手に入れ、それをベースに得られたノウハウを多くの方々と無償で共有する』仕組みです。いま、彼らは僕に成功してほしいと強く願ってくれていますし、僕が成功すれば彼らに大きな利益をわたせる。あとに続く方々には意識してほしい仕組みです」
夢を持ち、常識にとらわれない挑戦を続ける西田さん。わたしたちはそんな西田さんに、MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社としての、今期の数字目標や将来予想をきいてみた。驚くことに、その答えも今までの常識とはかけ離れている。
「うちの会社は“社是”として『数字目標(予算)を作らない』と決めています(笑)。なぜなら、僕たちの目標は『日本が誇る先端技術を服に搭載し、ユーザーのみなさまとともに快適で便利で美しい“未来の生活”を創造する』ことであり、『先端技術の素晴らしさを多くのみなさまに知ってもらうこと』。数字はあくまでその目標に対する結果にすぎません。ついついやってしまう数字を目標にしてしまう思考を厳に排除するために、この常識外れを“社是”にしました。もちろん、世の中に必要とされ、事業を継続する意味で“黒字”であることにはこだわりますが、それ以外の数字は追いかけません。僕はこの事業を通して日常生活を未来に変えていきたいし、ファッションビジネスの世界を変革したいし、日本の社会を変えていきたい。最先端の技術を追求することで、生活が変わり、ビジネスが生まれ、雇用が生まれる。そういうモデルケースを作っていきたいのです」
従来の常識とは大きくかけ離れた手法で大きな夢を追いかける西田さんだが、ビジネスも順調に進んでいる。取材は日本橋のショールームで行われたが、並んでいる商品のほとんどがほぼサンプルのみの状態。ウェブサイトを見ても「SOLD OUT」ばかりだ。
「最近ではマスコミで取り上げていただくことも多く、著名なブランドからコラボレーションの依頼が殺到したり、有名人の方が商品を絶賛したりといった事例が相次ぎ、昨年の2倍以上用意した在庫があっという間に売り切れてしまいました。どれも独立する前には想定も出来なかった出来事ですが、独立で得た自由度とスピード感を武器に一生懸命がんばっているのを神様が見てくれて、ご褒美をくれたのだと思います(笑)。もちろん現状は自分たちの実力ではなくちょっとしたブームのようなものだと認識していますが、それでも昨年であれば販売に数カ月分かかっていた量の商品が1日でなくなるという状況は、自分たちが目標とする『先端技術の素晴らしさを知ってもらう』機会としては最高の状況だと考えています。現在、必要とする方にしっかり商品をお届けできるよう、補充生産に全力をあげているところです」
東レにそのままいれば、安定した人生が待っていたはずだ。「自分の人生をすべて事業(MOONRAKERS)に注ぎ込んでいる」という西田さんは、出向起業して後悔したことはないのだろうか?
「まったくないです! 僕の場合、人生で一番重要なのは、自由であり楽しいこと。その面では出向起業したことでのマイナスは一切ありません。53歳からの“おじさんベンチャー”ですけど(笑)、やってみたら、やる前に想像していたよりずっと、圧倒的に自由でわくわくして楽しい。もちろん価値観は人それぞれだし、自分が正しいと思ったことをフリーハンドでやるにはそれなりの覚悟は必要です。ただ、挑戦の心を持つ企業人やそれをサポートしたいと考える経営層には、出向起業というセーフティネットを持ちながら挑戦できる“手法”を知ってほしいと心より願っています。現在いただいているMOONRAKERSへの注目を有効に活用し、かなうならば最大の成功事例/ロールモデルとして、チャレンジを後押し出来れば最高ですね」
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